渡部聖弥(わたなべ・せいや)は、埼玉西武ライオンズに所属する右投右打のプロ野球選手だ。2002年8月31日生まれ、広島県府中市出身。広陵高校、大阪商業大学を経て、2024年のドラフト会議で西武から2位指名を受けてプロ入りした。力強いスイングと広角に長打を放つ打撃が持ち味で、外野手としてプロ生活をスタートさせた後、三塁手にも挑戦している。
2025年には新人ながら開幕戦で5番・左翼のスタメンを任され、シーズン12本塁打を記録。2度の足首の故障による離脱を経験しながらも、チーム2位の本塁打数を残した。さらに2026年は129試合に出場して2年連続の12本塁打を達成。10月には侍ジャパンのAPBC2026出場メンバーにも選出され、11月6日現在、国際大会を控える立場にある。NPB公式記録と本人のインタビューを手掛かりに、プロフィール、経歴、成績、故障の経緯、現在の評価を整理する。
【基本プロフィール】渡部聖弥は広島県府中市出身の右の強打者

渡部聖弥は、恵まれた体格と長打力を備えた右打ちの野手だ。NPB公式選手データによる基本プロフィールは次のとおり。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 氏名 | 渡部聖弥(わたなべ・せいや) |
| 生年月日 | 2002年8月31日 |
| 年齢 | 24歳(2026年11月6日現在) |
| 出身地 | 広島県府中市 |
| 身長・体重 | 177cm・90kg |
| 投打 | 右投右打 |
| 背番号 | 8 |
| 所属球団 | 埼玉西武ライオンズ |
| ドラフト | 2024年ドラフト2位 |
| 出身高校 | 広陵高校 |
| 出身大学 | 大阪商業大学 |
| 主な守備位置 | 外野手・三塁手 |
| 2026年の代表歴 | 侍ジャパン・APBC2026選出 |
NPBの選手登録上のポジションは外野手だが、2026年シーズンには三塁手や指名打者としての起用も増えている。代表チームのAPBC登録では内野手となっており、複数のポジションに対応する選手として存在感を高めている。
広島県府中市で育ち、小学1年生から野球を始める渡部の野球人生は、地元の広島県府中市から始まった。
埼玉西武ライオンズの選手紹介や侍ジャパンのプロフィールによると、府中南小学校時代に南少年野球クラブで野球を始め、府中第一中学校では府中野球クラブに所属。高校は広陵高校へ進学した。
広陵高校では1年秋からベンチ入りし、2年春には選抜高校野球大会に出場。高校通算30本塁打を記録するなど、早い段階から打撃面で才能を示していた。
広陵高校時代には、後にプロ野球で再び顔を合わせることになる宗山塁ともチームメートだった。宗山は2024年ドラフトで楽天から1位指名を受けている。
大阪商業大学で才能が開花高校卒業後は大阪商業大学へ進学。1年春からリーグ戦に出場し、打線の中心選手として経験を積んだ。
特に注目されたのが、2年秋の関西六大学野球リーグで記録したシーズン5本塁打だ。当時のリーグ新記録となる数字で、長距離打者としての評価を高めた。
大学では3年、4年と大学日本代表にも選出。関西六大学野球連盟の記録によれば、首位打者賞や複数回のベストナイン賞も獲得している。
4年秋には最優秀選手賞や首位打者などのタイトルを獲得し、リーグ通算119安打で連盟最多記録にも並んだ。
大学時代に培った広角への長打力と守備力が、プロから高く評価された背景にある。
2026年には地元・府中市のふるさと大使にも就任渡部はプロ野球選手としての活動だけでなく、故郷とのつながりも深めている。
広島県府中市は2026年4月1日付で、渡部を「府中市ふるさと大使」に任命した。市の公式発表によれば、府中市土生町出身の選手として、市内外に向けた地域の魅力発信やオフシーズンの市内イベントへの参加などが予定されている。
プロ入り後の活躍が、地元を代表する存在としての評価にもつながっている。
【プロ入りから開幕スタメンへ】2025年の新人時代に見せた実力
2024年のドラフト会議で埼玉西武ライオンズから2位指名を受けた渡部は、2025年シーズンからプロ野球の舞台に立った。
入団時から掲げていた目標は、1年目から開幕一軍入りを果たし、スタメンとして活躍することだった。
その目標は、想像以上に早く実現する。
2025年3月28日、5番・レフトで開幕スタメン2025年3月28日の北海道日本ハムファイターズとの開幕戦。西口文也監督は渡部を「5番・左翼」で起用した。
新人選手が開幕戦でクリーンアップに入るのは、西武では2004年の後藤武敏以来21年ぶりとなる出来事だった。
オープン戦では14試合に出場し、打率.233を記録。圧倒的な数字を残していたわけではないが、打撃に加えて強肩や走力も評価され、開幕スタメンを勝ち取った。
開幕戦ではプロ初安打を含む2安打を記録。期待に応えるスタートを切った。
ルーキーイヤーに12本塁打を記録渡部の2025年シーズンは、順調なスタートだけでは終わらなかった。
4月には一時リーグトップの打率を記録するなど好調を維持した一方、2度の足首の負傷で戦列を離れることになった。
それでも最終的には109試合に出場し、110安打、12本塁打、43打点、打率.259を記録した。
特に注目すべきなのは、離脱期間がありながら12本塁打を積み上げたことだ。スポーツナビの選手紹介では、チーム2位の本塁打数として紹介されている。
新人としては十分に存在感を示したシーズンだった。
【NPB公式成績を比較】2025年と2026年の打撃成績はどう変わった?
渡部の評価を考えるうえで、単純な本塁打数だけを見るのは不十分だ。
2025年は新人としての適応、2026年は出場機会を増やしながら複数ポジションに挑戦したシーズンだった。両年の成績を並べると、打者としての成長と課題が見えてくる。
NPB個人年度別成績NPB公式サイトに掲載された2026年シーズン終了時点の個人年度別成績は次のとおり。
| 打撃項目 | 2025年 | 2026年 | 通算 |
|---|---|---|---|
| 試合 | 109 | 129 | 238 |
| 打席 | 452 | 515 | 967 |
| 打数 | 425 | 482 | 907 |
| 安打 | 110 | 123 | 233 |
| 二塁打 | 16 | 22 | 38 |
| 三塁打 | 3 | 1 | 4 |
| 本塁打 | 12 | 12 | 24 |
| 打点 | 43 | 48 | 91 |
| 得点 | 42 | 45 | 87 |
| 盗塁 | 2 | 3 | 5 |
| 三振 | 85 | 92 | 177 |
| 四球 | 21 | 23 | 44 |
| 打率 | .259 | .255 | .257 |
| 出塁率 | .299 | .296 | .297 |
| 長打率 | .395 | .380 | .387 |
| OPS | .694 | .675 | .684 |
※OPSは出塁率と長打率の合計。NPB公式の基本成績に加え、パ・リーグ公式の掲載データを参照。
2025年と2026年の比較から見えることまず注目したいのは、2年連続12本塁打という実績だ。
2025年は109試合で12本塁打、2026年は129試合で12本塁打。出場試合数が20試合増えた一方、本塁打数は同じだった。
安打数は110本から123本、打点は43打点から48打点へ増加している。出場機会を増やし、チームへの貢献を積み重ねた点は評価できる。
一方で、打率は.259から.255、出塁率は.299から.296、長打率は.395から.380へわずかに低下した。OPSも.694から.675となっている。
つまり、2026年は出場数と安打数を伸ばしたものの、打席当たりの打撃効率には改善の余地を残したシーズンだった。
本塁打を2年連続で12本記録したことは、長打力が一過性のものではないことを示す材料になる。ただし、将来的に中軸打者としてさらに評価を高めるには、長打率や出塁率の向上も欠かせない。
【故障離脱の経緯】2025年の右足首・左足首の負傷から2026年の試練まで
渡部のキャリアを振り返る際、故障による離脱は避けて通れないテーマだ。
特に2025年の新人シーズンは、好調な打撃を見せながら2度の足首の負傷に見舞われた。
2025年4月:右足首の捻挫で初めて登録抹消最初の故障は2025年4月12日の日本ハム戦だった。
渡部は「3番・左翼」で先発出場し、2打数2安打1盗塁と活躍。しかし、三塁を回る走塁中に右足首を痛め、途中交代となった。
翌13日に右足首捻挫と診断され、出場選手登録を抹消。球団側は無理をさせず、回復を優先する判断を下した。
その後、ファームでの調整を経て4月25日に一軍復帰。復帰戦でも「3番・左翼」で先発出場した。
2025年5月:今度は左足首を負傷復帰後に再び出場を続けていた渡部を襲ったのが、5月23日の千葉ロッテマリーンズ戦での左足首捻挫だった。
走塁中に患部を痛めて途中交代。当初は一軍に残留して状態を確認していたが、回復状況を考慮して5月31日に登録抹消となった。
当初は6月10日以降の一軍復帰が視野に入っていたものの、守備面で不安が残ったため復帰は見送られた。
ファームでの実戦復帰を経て、6月27日に一軍へ戻った。
復帰初戦では日本ハムの伊藤大海から左中間への5号ソロを放ち、いきなり長打力を見せつけた。
文化放送の2025年11月のインタビューでは、本人が2度目の左足首の負傷について、曲がる動作や体勢を崩した際に痛みが長引いたことを振り返っている。
監督からも万全な状態でプレーできるまで待つように伝えられ、復帰まで時間をかけたという。
2026年:右手親指の打撲、左眼窩底骨折、左膝の負傷2026年は前年の反省を踏まえ、コンディショニングにも取り組んだ。
しかし、プレー中のアクシデントは完全には避けられなかった。
マイナビニュースの2026年10月10日のインタビュー記事によれば、今季は次の負傷を経験している。
- 4月18日:日本ハム戦で右手親指に死球を受け、打撲。
- 8月9日:試合中に左眼窩底骨折。
- 8月25日:一軍復帰。その試合の走塁中に左膝付近を負傷し途中交代。
- 8月26日:代打として出場。
特に左眼窩底骨折からの復帰は注目された。8月25日の復帰初打席では中前安打を放ち、復帰直後から打撃で結果を残した。
本人は2025年の故障を振り返り、約2カ月の離脱を経験したことを反省材料にしていた。2026年は骨盤周辺の安定性を高めるトレーニングや、ウェイトトレーニング、チューブを使った細かな筋力強化に取り組んだという。
故障の経験を、翌年以降の出場を支える身体づくりに結び付けようとしている点は見逃せない。
【2026年現在の立ち位置】三塁手への挑戦とAPBC日本代表選出
2026年の渡部を語るうえで大きな変化となったのが、守備位置の広がりだ。
プロ1年目の2025年は主に左翼を守っていたが、2年目の2026年は三塁手や指名打者としての起用が中心となった。
外野手から三塁手へ、新しい役割を獲得渡部は大学時代にも三塁を守った経験がある。
しかし、プロ1年目は主に外野手として出場していたため、2026年の三塁挑戦は新しい課題への取り組みでもあった。
マイナビニュースのインタビューによると、キャンプでは打撃練習に充てていた時間を特守に切り替え、三塁守備の基礎から見直した。
三塁は打者との距離が近く、打球速度も速い。捕球技術だけでなく、打球に対する一歩目や送球判断が求められる。
本人も、三塁手としての課題は状況に応じた判断だと認識している。
また、新たに与えられた三塁という役割を大切にしており、守備位置の変化を自身の成長機会として受け止めている。
NPBの選手プロフィールでは外野手と登録されている一方、2026年の実際の起用や侍ジャパンの登録区分では内野手として扱われている。この違いは、選手の登録上のポジションと、シーズン中の実際の起用ポジションが必ずしも一致しないことを示している。
10月7日、APBC2026の侍ジャパンメンバーに選出2026年10月7日、野球日本代表「侍ジャパン」は、ラグザス アジアプロ野球チャンピオンシップ2026の出場選手28人を発表した。
そのメンバーに渡部の名前が入った。
侍ジャパン公式の出場選手一覧では、背番号8の内野手として登録されている。
大会は2026年11月12日から15日まで東京ドームで開催予定。24歳以下、またはプロ入団3年目以内の選手を中心に構成される大会であり、若手選手にとって国際舞台での経験を積む機会となる。
渡部は2023年の日米大学野球選手権大会、2024年のプラハ・ベースボールウィークやハーレム・ベースボールウィークでも大学日本代表を経験している。
今回はプロ入り後のトップチーム代表選出となる。
2026年11月6日時点では大会開幕前であり、代表選出が確定している段階だ。実際の出場成績や大会での活躍は、これから注目されるポイントとなる。
【渡部聖弥の評価】長打力だけではない成長と今後の課題
渡部の評価を整理すると、長打力、複数ポジションへの対応力、試合を通じて修正する能力の3点が大きな特徴となる。
評価されるのは広角に打てる長打力西武のドラフト新入団選手紹介では、渡部のセールスポイントとして「広角にホームランを打つことのできる長打力」が挙げられている。
単純に引っ張って飛距離を出すだけでなく、打球方向を広く使える点が特徴だ。
2025年に12本塁打を記録し、2026年も同じ12本塁打をマークしたことは、その打撃能力を裏付ける実績といえる。
2026年は二塁打も22本に増加。長打の種類という面では、外野の間を抜く打球も含めてチームに貢献した。
自分の打席を分析するノートの習慣2026年10月のマイナビニュースのインタビューで明らかになった興味深い習慣が、打席の内容を記録するノートだ。
渡部は2025年シーズンの途中から、対戦投手ごとの狙い球や警戒する球種、打席に入る際の心理状態などを書き留めている。
単にヒットを打ったかどうかだけではなく、なぜその結果になったのかを振り返るための記録だ。
不調の際に感覚だけに頼るのではなく、過去の打席を確認して改善点を探す。こうした取り組みは、プロの投手への対応力を高めるうえで意味がある。
文化放送の2025年11月のインタビューでも、後半戦に入ってからは一打席ごとの結果に感情を左右されず、平常心を保つ考え方を身につけたと語っている。
課題は打撃の安定性と出塁能力一方で、2026年の成績には改善の余地も残る。
打率は.255、出塁率は.296、OPSは.675。12本塁打という長打力に対して、出塁率はまだ高い水準とはいえない。
四球は23個で、515打席に対する割合も約4.5%にとどまる。
長打力を生かすためには、相手投手の攻め方に対応しながら、ボール球を見極めて出塁する能力も必要になる。
また、本人自身も2026年について、好調を長期間維持できなかった点を課題として挙げている。
129試合に出場したことは大きな前進だが、シーズンを通して安定した打撃を続けられるかが、次の評価を左右する。
【プロの結論】渡部聖弥は将来の中軸候補として成長を続ける選手渡部の現在地を正しく評価するには、単純に本塁打数だけを見るのではなく、出場機会、打撃効率、守備位置、故障への対応を総合的に判断する必要がある。
2025年は新人ながら12本塁打を記録し、2026年も129試合に出場して同じ本塁打数を維持した。安打数と打点を増やしながら、三塁手という新たな役割にも挑戦している。
一方、OPSや出塁率には伸びしろがあり、三塁守備の判断力も磨く必要がある。
今後の評価を左右する要点は次の3つだ。
1. 打撃の再現性: 12本塁打をさらに上回り、長打率と出塁率を同時に伸ばせるか。
2. 三塁守備の成熟: 捕球だけでなく、状況判断や送球の精度を高められるか。
3. 年間を通したコンディション: 過去の足首の故障や2026年の負傷経験を生かし、安定して出場を続けられるか。
APBC2026への選出は、こうした成長を国際舞台で示す機会となる。
今後の渡部は、単なる長距離打者ではなく、打撃と複数ポジションへの対応力を兼ね備えた選手として、どこまで存在感を高められるかが注目される。
【渡部聖弥に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:渡部聖弥の出身地はどこですか?
A1:広島県府中市です。府中南小学校、府中第一中学校を経て広陵高校、大阪商業大学へ進学しました。2026年4月には府中市のふるさと大使にも就任しています。
Q2:渡部聖弥は何本のホームランを打っていますか?
A2:2025年は12本、2026年も12本です。NPB公式の年度別成績では、2026年シーズン終了時点で通算24本塁打を記録しています。
Q3:渡部聖弥は外野手ですか、それとも三塁手ですか?
A3:NPB公式プロフィール上の登録ポジションは外野手です。ただし、2026年シーズンは三塁手や指名打者としての起用が中心となり、APBC2026の侍ジャパン公式登録でも内野手に分類されています。
Q4:渡部聖弥が故障で離脱したのはいつですか?
A4:2025年4月に右足首を捻挫し、同年5月には左足首も負傷しました。2026年には右手親指の打撲や左眼窩底骨折、左膝の負傷も経験しています。
Q5:渡部聖弥は侍ジャパンに選ばれていますか?
A5:はい。2026年10月7日にAPBC2026の日本代表メンバーとして選出されました。大会は11月12日から15日まで東京ドームで開催予定です。
渡部聖弥は、広島県府中市からプロ野球の世界へ進み、埼玉西武ライオンズで着実に実績を積み重ねている右の強打者だ。
2025年には新人ながら5番・レフトで開幕スタメンを勝ち取り、故障による2度の離脱を経験しながら12本塁打を記録。2026年は129試合に出場し、2年連続の12本塁打と123安打、48打点を残した。
さらに三塁手への挑戦やコンディショニングの改善にも取り組み、10月にはAPBC2026の侍ジャパンメンバーに選出された。
2026年11月6日現在、注目すべきなのは代表選出そのものだけではない。プロでの経験を国際舞台にどう生かすのか、そして西武で打撃と守備の両面をどこまで成長させるのかという点だ。
2年連続12本塁打は確かな実績である一方、出塁率やOPSの向上、三塁守備の成熟など、さらなる飛躍に向けた課題も残っている。
故障を乗り越え、外野手から三塁手へと役割を広げてきた渡部聖弥。今後、西武の打線を支える中軸打者へ成長できるか、2027年シーズンに向けても目が離せない存在だ。