俳優の大森南朋さんの父親は、俳優・舞踏家として独特の存在感を放つ麿赤兒(まろあかじ)さんです。強烈な風貌と個性的な芸名から、読み方や本名、親子関係が気になって検索する人も少なくありません。
麿赤兒さんは、舞踏集団「大駱駝艦」を率いる演出家であり、『ルパンの娘』『翔んで埼玉』などの話題作にも出演してきました。加えて、長男は映画監督の大森立嗣さん、次男は俳優の大森南朋さんという芸術一家でもあります。2026年にはNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』にも出演し、健在ぶりを見せています。
この記事では、麿赤兒さんの正しい読み方と本名、経歴、家族構成、大森南朋さんとの親子関係、そして気になる逮捕歴の噂まで、確認できる報道や公式プロフィールをもとに詳しく紹介します。
- 父親の名前と読み方: 麿赤兒(まろあかじ)。本名は大森宏です。
- 家族構成: 長男は映画監督の大森立嗣さん、次男は俳優の大森南朋さん。母親は桃枝さんです。
- 職業と経歴: 俳優・舞踏家・演出家で、1972年に舞踏集団「大駱駝艦」を旗揚げしました。
- 逮捕歴の真相: 1969年の劇団同士の乱闘事件で逮捕されたとする過去の報道があります。
- 2026年の活動: NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』で斎藤道三を演じています。
【読み方を解説】大森南朋の父親・麿赤兒とは何者?
麿赤兒(まろあかじ)
俳優・舞踏家・演出家
- 生年月日:1943年2月23日
- 出身:奈良県
- 本名:大森宏
- 主宰:大駱駝艦
- 長男:大森立嗣
- 次男:大森南朋
麿赤兒の正しい読み方は、「まろあかじ」です。
漢字を見て「まろあかご」「まろせきじ」などと読んでしまいそうですが、一般的な読み方は「まろあかじ」で統一されています。
「麿」は「まろ」、「赤兒」は「あかじ」と読みます。
芸名のインパクトも強く、一度見たら忘れにくい名前ですが、これは本名ではありません。
本名は大森宏です。つまり、大森南朋さんとは芸名と本名の違いこそあるものの、親子で同じ「大森」という名字につながっています。
平凡社の百科事典マイペディアでも、麿赤兒の読み方、本名、舞踏家・俳優としてのプロフィールが紹介されています。
麿赤兒という芸名の印象と舞台上の存在感麿赤兒さんといえば、全身を白く塗った姿や、独特の表情、常人離れした身体表現を思い浮かべる人も多いでしょう。
彼の活動の中心にあるのは、一般的なダンスとは異なる日本独自の前衛芸術である「舞踏」です。
舞踏は、身体の動きや表情、空間の使い方を通じて、人間の本能や情念、生命の存在そのものを表現する芸術です。
麿赤兒さんは、俳優として映像作品に出演する一方、舞踏家として独自の表現世界を築き上げてきました。
その強烈な存在感が、テレビや映画で初めて彼を見た人にも印象を残す理由の一つです。
【経歴と現在】麿赤兒は俳優・舞踏家・演出家として活躍
麿赤兒さんは、単に大森南朋さんの父親というだけの人物ではありません。
日本のアングラ演劇や舞踏の歴史に深く関わり、海外にも日本の舞踏文化を広めてきた重要な表現者です。
状況劇場への参加から大駱駝艦の創設へ麿赤兒さんの経歴で大きな転換点となったのが、唐十郎さんとの出会いです。
1960年代、唐十郎さんが率いる状況劇場に参加し、前衛的な演劇の世界で活動を始めました。
同時期には、舞踏の創始者の一人である土方巽さんに師事。演劇と身体表現の両方を追求していきます。
そして1972年、麿赤兒さんは舞踏集団「大駱駝艦」を旗揚げしました。
大駱駝艦の舞踏様式は「天賦典式(てんぷてんしき)」と呼ばれます。
人間が生まれながらに持つ身体や生命そのものを肯定する考え方を土台に、独創的な舞台を展開するものです。
国内だけでなく海外公演も積極的に行い、日本の舞踏を世界に広めてきました。
大駱駝艦の公式プロフィールでは、2006年度の文化庁長官表彰、2021年度の文化庁芸術祭賞舞踊部門大賞などの受賞歴も紹介されています。
麿赤兒の主な経歴と転換点| 年代 | 出来事 | 内容 |
|---|---|---|
| 1943年 | 誕生 | 奈良県出身 |
| 1960年代 | 状況劇場に参加 | 唐十郎の演劇活動に関わる |
| 1966年 | 土方巽に師事 | 舞踏家としての表現を追求 |
| 1972年 | 大駱駝艦を旗揚げ | 独自の舞踏様式を確立 |
| 1982年 | 海外公演 | アメリカン・ダンス・フェスティバルで海外デビュー |
| 2006年 | 文化庁長官表彰 | 舞踏・芸術活動が評価される |
| 2021年度 | 文化庁芸術祭賞 | 舞踊部門大賞を受賞 |
| 2026年 | 大河ドラマ出演 | 『豊臣兄弟!』で斎藤道三役 |
2026年の麿赤兒さんは、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』に斎藤道三役で出演しています。
2026年1月15日に出演が発表され、2014年の『軍師官兵衛』以来、12年ぶりの大河ドラマ出演として報じられました。
本人は出演について、短い出番ながら斎藤道三という人物に魅力を感じ、オファーを引き受けたとコメントしています。
また、大駱駝艦の活動も続いており、公式サイトでは2026年12月7日から13日に開催予定の舞踏公演「あわい」で監修を務めることが発表されています。
83歳を迎えた2026年も、映像作品と舞台芸術の両方に関わっているのです。
【家族構成】麿赤兒の息子は大森立嗣と大森南朋!母親は桃枝
麿赤兒さんの家族について調べると、息子2人も映画・芸能の世界で活躍していることがわかります。
麿赤兒の家族構成家族関係を整理すると、次のようになります。
- 父親:麿赤兒(まろあかじ)
- 母親:桃枝さん
- 長男:大森立嗣(おおもりたつし)
- 次男:大森南朋(おおもりなお)
長男の大森立嗣さんは映画監督、次男の大森南朋さんは俳優です。
大森立嗣さんは1970年9月4日生まれで、大森南朋さんより2歳年上です。
映画『ゲルマニウムの夜』『さよなら渓谷』『日日是好日』『MOTHER マザー』などを手がけてきた映画監督として知られています。
父親が舞踏家・俳優、兄が映画監督、弟が俳優という、映像と舞台芸術に縁の深い家族です。
母親の桃枝さんはどんな人?大森南朋さんの母親は桃枝さんです。
2023年放送のNHK『ファミリーヒストリー』では、大森南朋さんの家族の歴史が取り上げられました。
番組に関する日刊スポーツの報道によると、麿赤兒さんと桃枝さんは、新宿の文化人が集まる喫茶店「風月堂」で出会ったとされています。
桃枝さんは「ダダ」という愛称で知られ、新宿でバーを経営しながら、2人の息子を育てました。
また、2025年7月9日放送のテレビ朝日系『徹子の部屋』では、大森南朋さん自身が母親との思い出を語っています。
子どもの頃から両親は別居しており、母親が兄弟を育てていたこと、父親が家に帰ることは少なかったことなどを明かしました。
桃枝さんは、自由な気風を持つ人物として紹介されており、大森南朋さんの幼少期にも大きな影響を与えたようです。
大森南朋の妻と子どもについて大森南朋さん自身も家庭を築いています。
2012年3月14日、俳優の小野ゆり子さんとの結婚を発表しました。
2019年5月14日には第1子が誕生したことを、双方の所属事務所を通じて公表しています。
さらに2026年4月には、小野ゆり子さんが娘の小学校入学を報告したことがテレビ朝日系の報道で伝えられました。
したがって、大森南朋さんの家族については、妻の小野ゆり子さんと娘がいることも公表された事実です。娘の名前など、プライベートな詳細は広く公表されていません。
【親子関係の真相】大森南朋と麿赤兒は仲が悪かった?
大森南朋さんと麿赤兒さんの関係は、一般的な親子関係とは少し異なる部分がありました。
父親が舞踏に打ち込んでいたため、幼少期から一緒に過ごす時間は限られていたといいます。
幼少期は父親と離れて暮らしていた2025年の『徹子の部屋』出演時、大森南朋さんは幼少期の家庭環境について語りました。
両親は別居しており、父親が家に帰るのは年に1回ほど。母親が中心となって兄弟を育てていたそうです。
父親に会う機会は少なく、久しぶりに会うと独特の迫力に圧倒されることもあったと振り返っています。
テレビ朝日の番組紹介では、父親が会うと突然頭にかみつくような行動を取ったという、麿赤兒さんらしいエピソードも紹介されました。
ただし、幼少期に一緒に過ごす時間が少なかったからといって、親子の関係を単純に不仲と決めつけることはできません。
父親が大森南朋を俳優の道へ誘った興味深いのは、大森南朋さんが俳優として本格的に活動するきっかけに、父親が関わっていたことです。
2023年のNHK『ファミリーヒストリー』では、大森南朋さんが高校卒業後、バンド活動などをしながら進路を模索していた時期の話が紹介されました。
麿赤兒さんは、定職に就かずに過ごしていた息子に声をかけ、役者になる気があるか尋ねたといいます。
大森南朋さんはその誘いを受け入れ、俳優の道へ進みました。
父親から直接、俳優という仕事への入口を示されたことは、2人の関係を考えるうえで見逃せないエピソードです。
麿赤兒と大森南朋は映画で親子共演している2人は2011年公開の映画『まほろ駅前多田便利軒』で共演しています。
この作品には、父親の麿赤兒さんと次男の大森南朋さんだけでなく、監督を務めた長男の大森立嗣さんも参加しています。
つまり、父・長男・次男の3人が同じ映画に関わった作品です。
映画のキャストは次のとおりです。
- 大森南朋:山田役
- 麿赤兒:岡役
- 大森立嗣:監督・脚本
映画の公開時には、監督と出演者という立場で家族が同じ作品に携わったことも話題になりました。
また、2024年には大森南朋さんが父親とのツーショットをSNSに公開。2026年2月にも父親との写真を投稿し、親子そろっての近況を伝えています。
家族・人物の関係を一覧で整理| 人物 | 関係・立場 | 確認できる情報 |
|---|---|---|
| 麿赤兒 | 父親 | 俳優・舞踏家・演出家 |
| 桃枝さん | 母親 | 新宿でバーを経営した人物として紹介 |
| 大森立嗣 | 長男・兄 | 映画監督 |
| 大森南朋 | 次男・弟 | 俳優 |
| 小野ゆり子 | 大森南朋の妻 | 女優 |
| 大森南朋の娘 | 孫 | 2019年5月誕生 |
このように、芸術活動を通じた家族のつながりが見えてきます。
【出演作品】麿赤兒は『ルパンの娘』『翔んで埼玉』にも出演!
麿赤兒さんの名前を知ったきっかけが、テレビドラマや映画だったという人もいるでしょう。
舞踏家としての活動だけでなく、映像作品でも個性的な役柄を演じています。
ドラマ『ルパンの娘』では三雲巌役フジテレビ系ドラマ『ルパンの娘』では、泥棒一家の三雲家の一員である三雲巌役を演じました。
深田恭子さん演じる三雲華の祖父にあたる人物で、物語の中でも存在感のあるキャラクターです。
麿赤兒さんの独特な雰囲気は、個性の強い登場人物が多い同作の世界観にもよくなじんでいました。
フジテレビの公式キャスト情報でも、麿赤兒さんが三雲巌役として掲載されています。
映画『翔んで埼玉』では西園寺宗十郎役2019年公開の映画『翔んで埼玉』では、西園寺宗十郎役を担当しました。
同作は、魔夜峰央さんの漫画を原作とするコメディ映画です。
二階堂ふみさんやGACKTさんなど、個性豊かな出演者がそろう作品の中で、麿赤兒さんも独特の存在感を発揮しています。
映画公式サイトのキャストプロフィールにも、出演者として掲載されています。
麿赤兒の主な出演作品| 作品名 | 公開・放送年 | 内容・役柄 |
|---|---|---|
| ツィゴイネルワイゼン | 1980年 | 映画出演 |
| キル・ビル | 2003年 | 映画出演 |
| まほろ駅前多田便利軒 | 2011年 | 岡役 |
| 翔んで埼玉 | 2019年 | 西園寺宗十郎役 |
| ルパンの娘 | 2019年 | 三雲巌役 |
| 劇場版ルパンの娘 | 2021年 | 三雲巌役 |
| 豊臣兄弟! | 2026年 | 斎藤道三役 |
【逮捕歴の噂を検証】麿赤兒は本当に逮捕されたことがある?
麿赤兒さんについて検索すると、「逮捕歴」という言葉が関連キーワードとして表示されることがあります。
強烈な風貌や前衛的な活動から、さまざまな噂が生まれた可能性もありますが、実際には過去の演劇活動に関連する具体的な報道が存在します。
1969年の状況劇場と天井桟敷の乱闘事件日刊ゲンダイDIGITALが2013年に掲載した過去の事件を振り返る記事によると、1969年12月12日、渋谷駅東口付近で劇団員同士の乱闘事件が発生しました。
当時、麿赤兒さんは26歳。
事件は、唐十郎さん率いる状況劇場と寺山修司さん率いる天井桟敷という、前衛演劇を代表する2つの劇団の間で起きたものです。
報道によると、状況劇場側の劇団員7人と天井桟敷側の劇団員2人、合計9人が暴力行為の現行犯で逮捕され、その中に麿赤兒さんも含まれていました。
麿赤兒本人も当時の乱闘事件について語っているさらに注目したいのが、麿赤兒さん自身が2021年に文藝春秋digitalで公開した寺山修司さんに関する回想です。
麿赤兒さんは、1969年に状況劇場と天井桟敷の間で起きた乱闘について、自身の体験として振り返っています。
当時の状況劇場が公演を行っていた際、天井桟敷から葬式用の花輪が贈られたことをきっかけに、劇団員たちが相手の稽古場へ押しかけ、双方の団員が入り乱れる騒ぎになったと説明しています。
この回想は、当時の事件が単なるネット上の作り話ではなく、麿赤兒さん自身の記憶にも残る出来事だったことを裏付けています。
逮捕と有罪判決は別のものここで押さえておきたいのは、逮捕された事実と、その後に有罪判決を受けたかどうかは別の問題だという点です。
| 検証項目 | 確認できる内容 |
|---|---|
| 逮捕されたという報道 | あり |
| 発生時期 | 1969年12月12日 |
| 関連事件 | 状況劇場と天井桟敷の乱闘 |
| 当時の年齢 | 26歳 |
| 本人による回想 | あり |
| その後の刑事処分・判決 | 今回確認した公開資料だけでは特定できない |
したがって、「麿赤兒には逮捕歴があるのか」という疑問への答えは、1969年の乱闘事件で逮捕されたとする報道があり、本人も事件への関与を回想しているということです。
一方、これを根拠に、その後の有罪判決や現在の犯罪歴まで断定することはできません。
また、『ルパンの娘』で泥棒役の一家に関わる人物を演じたことと、本人の逮捕歴を結びつけるのも誤解です。作品上の役柄と実際の経歴は分けて考える必要があります。
【プロの結論】大森南朋の父親を知ると俳優としての背景も見えてくる
大森南朋さんの父親が麿赤兒さんであることは、単なる芸能人同士の親子関係というだけではありません。
2人の歩みを見比べると、同じ芸術一家に生まれながら、それぞれ異なる表現の道を切り開いてきたことがわかります。
麿赤兒さんは、身体そのものを使った前衛的な舞踏を追求し、演劇界や舞踏界に独自の地位を築きました。
一方、大森南朋さんは映画やテレビドラマで幅広い役柄を演じ、俳優としてのキャリアを確立しています。
興味深いのは、父親が息子に俳優への道を示した一方で、南朋さん自身は幼少期から父親と密接に過ごしていたわけではないという点です。
家族だからといって同じ生き方をする必要はなく、親子であってもそれぞれの人生や表現を尊重してきた関係がうかがえます。
また、2011年の『まほろ駅前多田便利軒』では、父親・長男・次男が同じ映画に携わりました。家族のつながりが、実際の作品づくりにも表れた例です。
【大森南朋の父親と麿赤兒に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:大森南朋の父親の名前は何と読みますか?
麿赤兒と書いて「まろあかじ」と読みます。俳優・舞踏家・演出家として活動している人物です。
Q2:麿赤兒の本名は何ですか?
本名は大森宏です。麿赤兒は芸名で、大森南朋さんとは実の親子関係にあります。
Q3:大森南朋の兄は誰ですか?
映画監督の大森立嗣さんです。麿赤兒さんの長男で、大森南朋さんの2歳年上です。
Q4:大森南朋の母親は誰ですか?
桃枝さんです。新宿でバーを経営していたことなどが、NHK『ファミリーヒストリー』に関連する報道で紹介されています。
Q5:麿赤兒には逮捕歴がありますか?
1969年12月12日の状況劇場と天井桟敷の乱闘事件で逮捕されたと報じられています。麿赤兒さん自身も当時の事件を回想しています。ただし、逮捕と有罪判決は別の問題です。
Q6:麿赤兒と大森南朋は親子共演していますか?
はい。2011年公開の映画『まほろ駅前多田便利軒』で共演しています。同作は長男の大森立嗣さんが監督を務めました。
Q7:麿赤兒は2026年現在も活動していますか?
活動しています。2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』では斎藤道三役を演じ、大駱駝艦の舞踏活動にも関わっています。
大森南朋さんの父親は、麿赤兒(まろあかじ)さんです。
本名は大森宏。俳優としてだけでなく、舞踏家・演出家としても日本の芸術文化に大きな足跡を残してきました。
家族構成は、長男の映画監督・大森立嗣さん、次男の俳優・大森南朋さん、母親の桃枝さんという構成です。
親子関係については、幼少期に別居していたという背景がある一方、父親が南朋さんを俳優の道へ誘ったことや、映画で親子共演を果たしたことも確認できます。
逮捕歴についても、1969年の劇団同士の乱闘事件で逮捕されたという歴史的な報道が存在します。ただし、逮捕と有罪判決を混同しないことが大切です。
2026年現在も、大河ドラマ『豊臣兄弟!』や舞踏活動を通じて存在感を発揮する麿赤兒さん。大森南朋さんの俳優としての背景を知るうえでも、その父親の歩みは興味深いものがあります。