柘植世那の基本プロフィール
- 名前:柘植世那(つげ・せな)
- 生年月日:1997年6月3日
- 年齢:29歳(2026年11月現在)
- 出身地:群馬県高崎市
- 身長・体重:174cm・90kg
- 投打:右投右打
- ポジション:捕手
- 背番号:37
- 所属:埼玉西武ライオンズ
球団の2026年版選手名鑑では、背番号37の捕手として紹介されています。出身中学校は高崎市立矢中中学校で、野球を始めたのは小学1年生。いとこが野球をしていたことがきっかけだったと本人が明かしています。
捕手としての特徴は?柘植選手は、打撃だけで評価されるタイプではなく、投手を支える捕手としての役割も担ってきました。
捕手には、投手の状態や打者の特徴を把握する配球、捕球、送球、試合展開に応じた判断など、多面的な能力が大切です。
2023年の文化放送のインタビューでは、本人も投手をリードする能力や、どのような展開でも試合を作る意識について語っています。
球団の2026年版選手名鑑では、本人がファンに見てほしい部分として「元気な姿」を挙げています。派手な数字だけでは測れない、チームを支える捕手としての姿勢がうかがえます。
【柘植世那の経歴】健大高崎高校からHonda鈴鹿を経てプロ入り
柘植選手の野球人生は、群馬県の高校野球から社会人野球、そしてプロ野球へと続いています。
健大高崎高校時代出身校は、群馬県の高崎健康福祉大学高崎高校(健大高崎)です。
スポニチのプロフィール紹介によると、1年夏からベンチ入りし、同年秋には正捕手の座を獲得。2年夏からは3季連続で甲子園に出場しました。
高校時代から捕手として経験を積み、全国レベルの舞台を経験していたことが、その後の競技人生につながっています。
Honda鈴鹿で社会人野球を経験高校卒業後は社会人野球のHonda鈴鹿に進みました。
2018年の社会人野球日本選手権ではベスト8入りを経験。高校卒業後すぐにプロ入りするのではなく、社会人野球で実戦経験を積み重ねた経歴を持っています。
2019年ドラフト5位で西武へ2019年のドラフト会議で、埼玉西武ライオンズから5位指名を受けました。
2020年から西武に所属し、プロ野球選手としてのキャリアをスタートさせています。
プロ入り後は、2020年に17試合、2021年に35試合、2022年に42試合と、徐々に一軍での出場機会を増やしました。2023年には自己最多59試合に到達しています。
【2023年の正捕手争い】森友哉のFA移籍後に訪れた転機
柘植選手のキャリアを振り返るうえで、2023年は大きな転換点です。
その背景にあったのが、森友哉選手のFA移籍でした。
森友哉のオリックス移籍で捕手陣の競争が変化森友哉選手は西武で長年プレーした主力捕手でしたが、2022年に国内FA権を行使し、同年11月16日にオリックス・バファローズとの選手契約が発表されました。
森選手の移籍によって、西武の捕手陣には新たな競争の局面が訪れます。柘植選手にとっては、一軍での出場機会を増やし、正捕手の座を狙う重要なタイミングでした。
2023年3月31日、開幕スタメンを獲得柘植選手は2023年3月31日のオリックス戦で、「6番・捕手」としてスタメン出場しました。
開幕戦でマスクを任されたことは、チームから期待されていたことを示す出来事です。
ただし、開幕スタメンを獲得したことと、年間を通じて正捕手の座を確立したことは別です。実際にはシーズン中に一軍と二軍を行き来することになりました。
5月10日、右肘の炎症で登録抹消順調なスタートを切ったものの、5月10日に右肘の軽い炎症を理由として出場選手登録を抹消されます。
抹消時点では24試合に出場し、打率.226、0本塁打、6打点でした。
当時の松井稼頭央監督は、早い段階で治療する必要があるとの考えを示し、状態については深刻ではないと説明しています。
その後、5月23日に一軍へ復帰しましたが、打率は.190まで低下。6月19日に再び二軍へ降格しました。
8月22日に再昇格、自己最多59試合でシーズン終了8月22日に再び一軍へ昇格すると、その後は一軍でシーズンを終えました。
結果は、自己最多の59試合出場です。
一軍での出場機会を大きく増やした一方、打率は.184、本塁打は0本。打撃面では厳しい数字が残りました。
このシーズンは、出場試合数という面ではキャリアの前進でしたが、レギュラー定着には課題が残った年でもあります。
【経歴・成績・関係者一覧】柘植世那の転機を時系列で整理
柘植選手を理解するには、本人の経歴だけでなく、森友哉選手の移籍、右肘の手術、結婚、近年の成績変化を関連付けて見る必要があります。
以下に主要な出来事と年度別の打撃成績をまとめました。
| 時期・年度 | 人物・組織との関係 | 出来事・成績 |
|---|---|---|
| 1997年 | 群馬県高崎市 | 6月3日生まれ |
| 高校時代 | 健大高崎高校 | 捕手として甲子園に3季連続出場 |
| 社会人時代 | Honda鈴鹿 | 社会人野球で経験を積む |
| 2019年 | 埼玉西武ライオンズ | ドラフト5位指名 |
| 2020年 | 西武 | 17試合・打率.184・2本塁打 |
| 2021年 | 西武 | 35試合・打率.215・1本塁打 |
| 2022年 | 西武・森友哉 | 森がFA移籍を決断。柘植は42試合出場 |
| 2023年 | 西武捕手陣 | 開幕スタメン、59試合・打率.184・0本塁打 |
| 2023年10月 | 西武球団 | 右肘のクリーニング手術 |
| 2023年12月17日 | 一般女性 | 球団が結婚を発表 |
| 2024年 | 西武 | 42試合・打率.167 |
| 2025年 | 西武 | 13試合・打率.125 |
| 2026年 | 西武 | 30試合・打率.314・1本塁打 |
成績はNPB公式の年度別一軍打撃成績。プロフィール・経歴は球団選手名鑑および報道資料に基づく。
この一覧から分かるのは、2023年が出場機会の拡大と故障という二つの出来事が重なった年だったことです。
また、2024年と2025年は一軍出場が減少しており、2026年の打率上昇は、それまでの成績推移と比較しても注目すべき変化です。
【柘植世那の結婚相手は誰?】2023年12月17日に球団が正式発表
柘植選手の結婚については、2023年12月17日に埼玉西武ライオンズが公式発表しています。
結婚相手は群馬県出身の同い年の一般女性球団発表によると、柘植選手は東京都内で婚姻届を提出し、結婚しました。
お相手について公表された情報は次のとおりです。
- 職業・立場:一般女性
- 出身地:群馬県
- 年齢:柘植選手と同い年
- 婚姻届の提出先:東京都内
- 結婚発表日:2023年12月17日
つまり、結婚相手は芸能人や著名人ではなく、同郷で同い年の一般女性です。
球団の公式発表では、妻の氏名や職業などの詳細は公表されていません。
結婚発表時に本人が伝えたコメント結婚発表に際して、柘植選手は球団を通じてファンに報告しました。
「より一層グラウンド内で活躍し、ライオンズのピッチャー陣たちはもちろんのこと、妻のことも支えていけるよう努めます。」
出典:2023年12月17日 埼玉西武ライオンズ公式発表
このコメントでは、選手としてチームに貢献することと、家庭を支えることの両方に取り組む姿勢が示されています。
結婚相手について公表されている情報と非公表の情報結婚相手に関する検索では、名前や顔写真、馴れ初め、子供の有無なども関心を集めやすいところです。
しかし、球団が公表しているのは、群馬県出身で同い年の一般女性という情報です。
| 調べられる項目 | 公表状況 |
|---|---|
| 結婚しているか | 公式発表あり |
| 結婚発表日 | 2023年12月17日 |
| 相手の出身地 | 群馬県 |
| 相手の年齢 | 柘植選手と同い年 |
| 相手の名前 | 球団発表では非公表 |
| 相手の職業 | 一般女性とのみ公表 |
| 子供の有無・人数 | 球団発表では非公表 |
スポニチは2023年12月17日の報道で、相手が小学・高校時代の同級生でもあると紹介しています。ただし、本人や球団が公表した基本情報と、報道で補足された情報は分けて受け止める必要があります。
【2026年の柘植世那の成績】打率.314と4年ぶりの本塁打
2023年の打率.184だけを見ると、打撃面で苦戦した印象が強く残ります。
しかし、その後の年度別成績を確認すると、2026年には変化が表れています。
2023年から2026年までの打撃成績を比較| 年度 | 試合数 | 打率 | 本塁打 |
|---|---|---|---|
| 2023年 | 59 | .184 | 0 |
| 2024年 | 42 | .167 | 0 |
| 2025年 | 13 | .125 | 0 |
| 2026年 | 30 | .314 | 1 |
2024年は42試合、2025年は13試合と出場機会が減少しました。
その後、2026年は30試合に出場し、打率.314を記録。打数51に対して16安打を放ち、本塁打も1本記録しています。
特に注目されるのが、2026年8月7日の福岡ソフトバンクホークス戦です。柘植選手は同試合で同点ソロ本塁打を放ち、約4年ぶりの一発として報じられました。
2026年の打率上昇をどう評価するべきか2026年の成績は、過去数年の打率と比較すると明確な改善です。
一方で、30試合、51打数という数字であることも押さえておきたいところです。
打率.314は高い数字ですが、年間を通じてレギュラーとして出場した場合にも同じ水準を維持できるかは別の問題です。
捕手の場合、打撃成績に加えて投手との連携や守備面での貢献も評価対象になります。
そのため、柘植選手の2026年を評価する際には、打率だけでなく、出場機会、守備面の役割、チーム内での起用状況を合わせて見る必要があります。
2023年の自己最多59試合と、2026年の打率.314は、異なる意味を持つ記録です。 前者は出場機会の拡大、後者は限られた打席での打撃成績の改善を示しています。
【柘植世那に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:柘植世那の出身地はどこですか?
A1:群馬県高崎市出身です。球団プロフィールでは出身地を群馬県と記載しており、高崎市立矢中中学校の出身でもあります。
Q2:柘植世那の結婚相手は誰ですか?
A2:2023年12月17日に球団が結婚を発表しました。お相手は群馬県出身で柘植選手と同い年の一般女性です。名前や職業などの詳細は公表されていません。
Q3:柘植世那の2023年の成績は?
A3:一軍59試合に出場し、打率.184、23安打、0本塁打、13打点でした。自己最多の出場試合数を記録したシーズンです。
Q4:柘植世那は右肘を故障したのですか?
A4:2023年5月10日に右肘の軽い炎症で出場選手登録を抹消されました。同年10月20日には右肘関節鏡視下関節形成術(クリーニング手術)を受けています。
Q5:柘植世那の2026年の打率は?
A5:NPBの2026年シーズン終了時の年度別成績では、30試合出場、打率.314、1本塁打です。
Q6:柘植世那は森友哉の後継捕手だったのですか?
A6:森友哉選手のオリックス移籍後、2023年の開幕戦でスタメンマスクを任された捕手の一人です。ただし、年間を通じて正捕手の座を確立したわけではなく、チーム内での競争が続きました。
柘植世那選手は、群馬県高崎市で野球を始め、健大高崎高校、Honda鈴鹿を経て、2019年ドラフト5位で埼玉西武ライオンズに入団した捕手です。
2023年には森友哉選手のFA移籍後の捕手争いで開幕スタメンを獲得し、自己最多59試合に出場しました。しかし、右肘の炎症やシーズン中の二軍降格、打率.184という課題にも直面しました。
同年10月には右肘の手術を受け、12月17日には同郷・同い年の一般女性との結婚が発表されています。
そして2026年には打率.314、1本塁打という成績を残しました。
柘植選手のキャリアを評価する際に押さえたい要点は、次の3つです。
1. 出場機会の拡大:2023年に自己最多59試合へ到達したこと。
2. 故障からの再挑戦:右肘の炎症と手術を経験しながら、競争を続けてきたこと。
3. 打撃面の変化:2025年の打率.125から2026年の.314へ改善したこと。
プロの捕手は、打撃成績だけで評価が決まるポジションではありません。投手を支える守備力、試合を組み立てる能力、年間を通じて出場できるコンディションも大切です。
柘植世那選手の今後を見極めるうえでは、2026年の打率上昇を出発点として、出場試合数と捕手としての継続的な貢献に注目が必要です。
2023年に経験した正捕手争いと故障、そして2026年の打撃面での改善。これらの歩みが、今後の埼玉西武ライオンズでの役割にどうつながっていくのかが注目されます。